鶴岡の食文化を紡ぐ人々

No.054 〜藤沢カブ〜

藤沢カブ生産農家 後藤勝利さん

鶴岡には、集落や地域の中で栽培し種を取りながら受け継いでいる在来作物が60種類もあります。その中の一つが「藤沢カブ」。藤沢カブは、湯田川温泉の隣の集落の「藤沢地区」で育てられている鮮やかなピンク色をした長カブです。生産者の後藤さんにその歴史や現場でのお話をお聞きしました。

藤沢カブ農家 後藤勝利さん

かつてはトゲノヤマと呼ばれていた藤沢カブ

雪に包まれた藤沢集落。お伺いした時、後藤さんは自宅の作業場でカブの加工をしていました。ヘタと根を、丁寧に、かつ手早くナイフで切り取りながら、やさしく取材に答えてくださいました。
 「このカブは、藤沢カブと言われているけど、昔は違う呼び方だったんだよの。『峠の山蕪(トゲノヤマ)』とか『峠カブ』とか呼んでたなや。それを、山形大学の青葉高教授が来て、栽培してんながこの地区だから、ということで『藤沢カブ』の名前が定着して使われるようになったなやの。」
藤沢カブは、元々は温海地域の峠の集落で育てられていた品種で、藤沢に種が運ばれ栽培を始めたところから始まります。今では元の地域では栽培していないので、品種が丸ごと引っ越してきたような状態です。現在親しまれているような甘酢漬けではなく、アバ漬と呼ばれる味噌漬けにして食べるのが主流でした。田川カブと呼ばれる丸い形状の焼畑赤カブも、藤沢カブと共に藤沢地区では栽培されていましたが、時代の変化とともに自家用ではなく、販売用として生産され始め、田川カブに人気が出てきた昭和40年後半には、藤沢地区で生産されるカブはほぼすべて田川カブになっていきました。近くの湯田川温泉の旅館でも、漬物屋さんでも、藤沢カブの需要がなくなってしまったことから、当然の流れで農家たちは生産をやめていきました。昭和47年頃には、藤沢カブは一度過去の作物になったのです。

細く曲がった藤沢カブと丸い田川カブ

「売れないものをつくっても仕方ないから、トゲノヤマが自然と無くなっていくのも当たり前の流れだったんだよの。」と後藤さんは笑います。

カブ生産者の中でも、昔ながらの焼畑で栽培している人もいれば、畑で育てているという人もいますが、昭和の終わり頃になると、藤沢集落で焼畑をしているのは後藤さん一人になっていました。そんな中、忘れかけていた藤沢カブに転機が訪れます。

形が不ぞろいなのも藤沢カブの特徴

一時は生産されなくなった藤沢カブはというと、同じ集落に住むおばあちゃん(渡曾美代子さん)が、畳3~4枚ほどの畑で毎年種だけは取り続けていました。渡曾さんが後藤さんを訪ねてきたのが平成元年の6月。「年々形が悪くなってどうしようもねから、焼き畑で作らんねか」とおちょこ一杯の種を持って相談にきたのでした。

ツートンカラーがかわいらしい

カブはキャベツやブロッコリーなどと同じアブラナ科の植物です。アブラナ科同士は交雑しやすいため、自家採種で受け継がれる在来品種にとっては種取りの環境はとても重要です。後藤さんが渡曾さんから受け継いだ種も、専用の畑で自家採種をしていましたが、本来の焼畑ではないのが原因か、それとも自然に交雑してしまったのか、形状が少しずつ本来の藤沢カブとは変わってきてしまったようです。渡曾さんは、本来の焼畑の環境で育てることで、小さいころから親しんできたトゲノヤマにもう一度戻せるんじゃないだろうかと考え、当時この集落で唯一焼畑を続けていた後藤さんを訪ねてきたのでした。


なんでこんなものを持ってきてくれたんだ、と思った

しかし、当時藤沢カブを買い取ってくれるところはなく、栽培しても割に合うわけがなく、後藤さんは正直なところ「なんでこんなものを持ってきてくれたのだ…」と思いました。しかし後藤さんには焼畑農法を続けているというプライドもあったので、「できない」と言ってしまったら自分に負けてしまう気がして、自分の焼畑の敷地の一角に渡曾さんから預かった種を蒔くことにしました。
「面積でどのくらいの量とれるっていうのはわかるわけだろ?つまり、同じ場所に田川カブの種を蒔けばこのくらいのもうけになるっていうのはわかるわけだ。計算しちゃうと藤沢かぶを蒔いた分だけマイナスになるから、悔しいだろ?だから、蒔いたところを見ないように、後ろ向きに種を蒔いたんだ。」

山の中にカブの畑はある

そんな複雑な心境で蒔いたおちょこ一杯の藤沢カブの種は、秋には2aの面積にカブを実らせました。収穫の頃には、地域を取材していた新聞記者、大山にある漬物店(つけもの処本長)の2人が「藤沢かぶが焼き畑に戻った」とウワサを聞きつけ駆けつけました。3人は、生のカブをかじり「今までいろんなカブを食ってきたけどカブでこの食感は今までないよ」「別のカブでたとえられないような食感だ」と感激の言葉を交わしていたそうです。

蒔いた時は買い手のなかった藤沢カブですが、食感に感激した漬物店から全量を買い取るから、これからも作ってほしいとお願いをされ、受けることになりました。「藤沢カブには流通の値段がついていなかったから、最初は田川カブと同じ値段をつけたなや。そしたらこれがまた大変だった。」後藤さんは話します。

みずみずしく鮮やか

藤沢カブは、田川カブに比べて収穫から出荷まで比較にならないほど手間がかかったのです。「形は曲がってるし、切りにくい。力を入れるとすぐ折れる。(田川カブの)倍も手間かかるほどだんけ。」そんなこともあり、年を経るごとに少しずつ単価を上げてもらったものの、手間は減るわけではなくとにかく繊細さと丁寧さが必要で、周りからは「そんな大変だばやめろで。」という人も少なくなかったと言います。それでも少しずつでもやり続けていると、プライドがあるし、今となっては後戻りもできない、お金に合う合わないの話じゃなくなってきている、と後藤さんは言います。

「やめたほうがいいな、と何回も思ったけど、根性でやるしかないなやの。」

お盆の時期に焼畑は実施される

焼畑は、農作物だけじゃなく林業に深く関わっています。山の木を伐採して、その跡地に焼畑をしてカブの種を蒔くのです。その後新しく杉の苗を植え育てるという林業のサイクルの中にある農業です。

「孫じいさん(先々代)の山を伐って使わせてもらってるわけだ。70~80年かけて育った1haの山を伐って、100万円にしかならねで、搬出とか経費で70万円くらいはかかる。80年で儲けが30万円。1年4000円の儲けにもなっていない。これではまた新しく植える気にもならない。そんなことするくらいなら伐らないで立てておけと言うのもわかるだろう。よっぽど好きな人でないと木を伐ってかぶらの種を蒔くなんてしねぇ。木材情勢が変わらない限り、焼き畑農業はすたれていくと思うよ。山の魅力という人もいるが、それだけでは生活していけない。」後藤さんは語ります。

奥さんと二人三脚

現在、後継者として30代の伊藤恒幸さんが頑張っています。ツネくんとはお互いに応援し合う関係、なのだそうです。たとえば60代の退職後になんとなく農業をやってみるか、という気軽な人やビジネス目線で儲けや流行のことばかり考えている人には踏み込んでほしくない、と後藤さんは言います。「もうけを考えないバカな人はいないけど、ビジネスにすると今までやってきたのを否定された様な気になる」そう話す後藤さんからは、代々受け継いできたプライドと責任感、強い覚悟がひしひしと伝わってきました。

現在、日本中の色々な土地で在来作物が注目されるようになっています。藤沢かぶはその中でも知る人ぞ知る品種です。在来作物研究会や、山形大学農学部の江頭先生、漬物の本長さんのおかげだ、と後藤さん。多くの人が関わって、今も藤沢で収穫することのできる藤沢カブ。その人たちの熱意と歴史を台無しにしてまでもうけには走られないよの、と笑いながら話してくださいました。
(文・写真 稲田瑛乃)

藤沢カブ

鶴岡市藤沢地区で栽培されている在来野菜。 太さが2~3.5㎝、色は上半分が鮮やかな赤紫色で、下半分が白色をしている。 生で食べると赤い部分はほのかに甘く、白い部分には辛みがあるのが特徴 薄皮でパリッとした歯応えがある。 杉を伐採した斜面の焼き畑で栽培される。

アバ漬

カブの漬物といえば「甘酢漬け」が主流ですが、昔は味噌につける「アバ漬」が温海地域を中心に各家庭で漬けられていたそうです。
後藤家のアバ漬は「味噌」と「伝九郎柿(渋柿のまま)」に漬けたもの。葉が付いたままで漬け、まるごといただくそうです。

後藤家のアバ漬け


 
 

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