鶴岡の食文化を紡ぐ人々

No.061  ~岩牡蠣(岩ガキ)~

鶴岡市由良 長宝丸 佐藤隼人さんご一家

「海のミルク」とも呼ばれ、世界的に人気の高い食材である“牡蠣(カキ)”。広島県等で養殖されている“マガキ”の旬が冬であるのに対し、庄内浜の岩礁で獲れる天然の“岩ガキ”は7月から8月が旬であることから「夏ガキ」とも呼ばれています。庄内の夏の風物詩として、多くの方に愛され、食べられている“岩ガキ”について由良で漁師をしている長宝丸の佐藤隼人さんご一家にお話を伺いました。

素潜りで獲る天然「岩ガキ」

 鶴岡市の市街地から車で約20分。由良地区は約350世帯、約1000名の方が暮らす漁師町。漁村民宿が立ち並び、夏には海水浴客が多く訪れます。ここには高さ70m、周囲436m、火山性噴火で出来たとされる白山島と呼ばれる小島があり、砂浜との取り合わせが、神奈川県の湘南海岸に似ていることから「東北の江ノ島」「日本海の江ノ島」と呼ばれることもあります。出羽三山開山の祖「蜂子皇子」が上陸したという伝説が残る有名な場所でもあります。

 素潜りでの岩ガキ漁は、底曳き網漁の禁漁期間に入る7月・8月の2か月間。長宝丸も7月に入ると、一度船の大掃除をし、休む間もなく「岩ガキ漁」の準備に入ります。由良の素潜り漁仲間は隼人さんを含めて現在5名。「あの辺りはいっぺ獲れっけよ~」などと仲間同士お互い情報交換しながら毎日潜るエリアを変えているんだそうです。岩礁の多いエリアまで小舟でいき、浮き輪のついたタモ網を浮かべ、素潜りで岩場に群生するカキをバリ(バール)でたたきながら獲ります。文字通り岩そっくりのカキを海の中で見分けるのは至難の業なんだろうなと思い、コツを伺うと「海の中ではカキは呼吸をしていているから殻が少し開いていて、触ると閉じるからわかるんだ」と教えてくださいました。それでも沖に向かって風が吹く日は海が透き通っていて見つけやすいけれど、雨などで川の水が入り水が濁る日は、隼人さんでも見つけることができず泳ぎながら流すこともあるそうです。

獲ったばかりの岩ガキは文字通り「岩」のよう

 隼人さんは「長宝丸」の4代目で現在38歳。高校卒業後、新潟に進学していた隼人さんが家業のために鶴岡に戻ってきたのは19歳の時でした。当時父・昭さんと一緒に船に乗っていた叔父がケガをし長宝丸は存続の危機を迎えていたそうです。隼人さんは当時は将来漁師の道を継ぐことなんてまったく考えていなかったのだとか。しかし、この家業の危機に、自分が継ぐことを決意したそうです。「あの時船に乗るって自分から言ってくれたのは本当でありがたかった~」、と母・みどりさんは当時の隼人さんの決意に感謝したことを振り返ります。

 昭さんが若い頃は、漁に出られない夏の禁漁期間のこの時期は北海道にイカ漁に行ったりしていたそうで、佐藤家では隼人さんが漁師になってから「岩ガキ」漁を始めたそうです。同じ由良の先輩漁師を師匠と仰ぎ、獲り方や潜るスポットなどを一から学んだのだとか。家族だけではなく、周りの漁師仲間からも支えられながら漁師として腕を上げていったそうです。

タモ網を持ちながら岩ガキのいる岩場を探す

素潜りで岩ガキを獲る隼人さん(提供:ゆらまちっく戦略会議)

つながる家族のかたち

 獲ってきた岩ガキを、岸壁に停泊している「長宝丸」の船上に持ち帰ります。16時の出荷に間に合うように、ここからひと手間かけます。昭さん、みどりさんに加え、夏休みに入っていたこの日はお嫁さんの明香さん・中学2年の娘さんも作業に合流し、岩ガキに付着した海藻・フジツボなどを包丁でたたきながら綺麗に取り除いていました(佐藤家ではこの作業は「牡蠣トントン」という愛称で呼ばれます)。明香さんは娘さんが本当に小さい頃からこの船の上に連れてきていたのだとか。娘さんは大人の真似をしながら遊び感覚で自然と手伝いをするようになり、今ではみんなが太鼓判を押すほど大人顔負けの腕前です。

カキの付着物を取り除く(右;作業前、左;作業後)

家族総出で出荷前の作業。トントントンと軽快な音が鳴り響く

 明香さんは山形市内の町場から嫁いできました。由良の景色や新鮮な魚に魅せられ、日々獲れたての魚が食べられること、食卓に出せることに幸せを感じているといいます。「お店ではレモンとかモミジおろしが乗って出てくるけど、獲れたてのカキをお酢でさっと洗い、わさび醤油で食べるのが一番美味しい。」と、オススメの食べ方も教えてくれました。なんでも、嫁いできた時に教えてもらった食べ方なんだとか。生食が苦手な子ども達にはバター炒めが好評のようです。
 家族が黙々と作業をする横で小学生の息子さん兄弟が船上から釣り糸を垂らしながら競い合うように次々にゴマサバの稚魚を釣り上げていました。小学4年生のお兄ちゃんは船が出る時期は水揚げされた魚の選別作業もお手伝いすることもあるのだそう。普段も学校から帰ってくると「ただいま~」と必ず由良の岸壁に顔をみせてくれるそうです。それがなにより嬉しい、とみどりさんは言います。実は隼人さんが小さい頃もそうだったんだとか。家族のかたちがこういうふうに自然と繋がっていくのでしょうね。

綺麗にした岩ガキは専用の箱に詰めて出荷する

獲りすぎないことが「資源を守ること」

 岩ガキ人気の一方で、その漁獲量は昔と比べて半分ほどに減っているそうです。

「実はここの仲間たちで養殖に挑戦したこともあるんだよのぉ。(その頃から)もう10年以上もなったかものぉ」
大きな挑戦もしましたが、冬場の時化で養殖の装置は全部ダメになったのだそうです。日本海での養殖の難しさを身をもって知った、と隼人さんは当時を振り返ります。

 養殖が出来ない土地柄だからこそ、天然の恵みのありがたみを感じ、その資源を守っていこうという保全の取組も昔から熱心に行われてきました。この由良地区では獲る量は「一人一日5箱まで」と制限されており、獲っていいサイズも決まっています。このほかにも、岩ガキが定着しやすいようにテトラポッドを沈めたり、と様々な工夫がされているそうです。有限な資源をいかに守りながら漁業の課題と向き合っていくか。地域の団結力も求められるのだなと思いました。

 庄内浜で獲れる岩ガキの特徴はなんといってもクリーミーなところ。ここ数年由良で獲れる岩ガキはいわゆる「水ガキ(身が入っていない塩水を食べているような味のカキ)」が続いていたそうですが、今年は、クリーミーで美味しいものが戻ってきたとご家族が口を揃えて言います。新鮮な岩ガキを少し分けていただいたので、オススメの「わさび醤油」を試してみたところあまりの美味しさに驚くほどでした。漁師の皆さんは、自ら獲ってきた海の幸が消費者の食卓に並び、「おいしいのぉ」と言われることを励みに、漁を続けています。取材を通して養殖へのチャレンジや漁獲量の調整など、この地域の大切な資源を守り続ける努力も垣間見ることが出来ました。

由良のシンボル「白山島」

(文・写真 山賀 広平)

岩牡蠣(岩ガキ)

カキというと冬が旬のイメージだが、庄内の岩ガキの旬は夏。周囲の山々からの豊富な養分と岩場の多い地形が、岩ガキの生育には最適で、庄内浜産のものは全国的にも知名度が高い。口いっぱいに広がるクリーミーで濃厚な旨味と海の香りが最大の特徴。

岩牡蠣

【佐藤家オススメの食べ方】
剥いたカキをお酢でさっと洗い、わさび醤油でいただく。生食が苦手な方にはバター炒めがオススメ。

 
 

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