鶴岡の食文化を紡ぐ人々
No.009 〜凍み豆腐〜
平成25年王祇祭上座世帯持ち 上野勇さん(黒川地区)
500年もの歴史をもつ黒川能が奉納されるこの祭りでは、別名「豆腐まつり」とも呼ばれるほど多くの豆腐が食されます。鶴岡の冬の風物詩として取り上げられる「豆腐焼き」の場を訪ねました。

7-8台の車が縦列に並び、外から見ても人々の賑わいが見てとれるお宅がありました。
こちらは、今年の上座の「当屋」を務める方のお宅です。
その敷地には、2つの作業小屋があり、人々が忙しく行き交っています。
この日は、黒川地区で恒例の豆腐焼きが始まり、これから3日間、約7000個の豆腐が焼かれます。

黒川地区では、上座と下座の2つの組に分かれ、競いつつも力を合わせながら、王祇祭が行われます。
それぞれの座には毎年「当屋」と呼ばれる長老宅が選ばれ、王祇祭にまつわる複雑な行事が行われます。
そして「世帯持ち」と呼ばれる実行委員のような役回りの方々(男性2人女性2人)が責任をもって、それぞれの行事の段取りをされていきます。
上野勇さんは、平成25年上座の「世帯持ち」を担当されています。
今回で3度目の「世帯持ち」となることは、任された責任と誇りを感じるそうです。
鶴岡の冬の風物詩 豆腐焼き

豆腐の側にいる焼き手からは、豆腐の焼き具合が見えないため、向かい側にいる人が、教えてあげるのです。
「こんなも!」
「はいよ」
「まっぐろになって」
「あっりゃあ」
と楽しい掛け声が上がり、周囲に笑いの輪が広がります。


3日間行われる上座の豆腐焼き。1日の終わりには、灰がすべて取り除かれ、新たにおからが塗りなおされ、翌日の豆腐焼きに備えます。

しめ縄にあるしで(紙垂)は、その名のとおり紙。真下に薪の火が燃え盛るにも関わらず、しでは燃えたことがない。と集落の皆さんは口々にお話されます。
王祇祭は、神様のため。準備のいたるところにも神様とともにあるようです。
豆腐が焼きあがるまで
以前は大豆から豆腐への行程も、うちば(地区)の人の手で行われていたのですが、今年は業者に注文して作ってもらっていました。
豆腐は18等分し、一つ一つに櫛をうち、先ほどの囲炉裏で一つ一つ焼きます。
焼いた豆腐はさらに2等分し、雪が降りしきる屋外で保管されます。
以前は、すだれの上に豆腐を置き、屋外で凍らせていましたが、温暖化のため、豆腐が凍らない年もあり、近年は冷凍庫で凍らせて凍み豆腐を作っています。
作り方は、、出来上がった凍み豆腐を常温に戻し、味噌を溶いた汁で煮ます。
たれは、しょうゆと酒を合わせて囲炉裏の隅で煮、くるみ、あぶった板のり、山椒の順に加えてできあがりです。
その他に上野さんの秘伝の工夫を加えて仕上げるそうです。
自分も健康でいずれ長老となり、王祇様を家に迎え入れたい
「合力(ごうりき)」とは、当屋にあたったお宅を親戚や集落みんなで助け合うシステムです。王祇祭では、当屋にあたったお宅の集落は、祭りの接待役として、他の集落の方々をもてなします。
また、その当屋を手伝うために訪れた集落内の人々も当屋が用意した昼夕の食事や酒、菓子などのふるまいを受け準備を進めていきます。
手伝いに来てくれた集落の人々をもてなし、そしてすべての準備を滞りなく終えることが上野さんをはじめとする世帯持ちの役目なのです。

王祇祭では、散髪に行き、身なりを整え、紺色の着物を身にまとい、他の集落のみなさんをもてなします。
左の写真は、王祇祭での若衆(わかしゅう)。(ろうそくに塩を載せ、ろうが垂れないようにしています)
「今年の王祇祭も滞りなく終わってよかった。
昔から言われてきたことだけど、黒川のせがれに生まれた限りは、健康でいずれ長老となり、王祇様を家に迎えいれたい(当屋にあたりたい)。
20代30代の時にはそんなこと考えもしなかったけど、今になってそう思う。」
その真剣な眼差しが印象的でした。
凍み豆腐

うちば(地区)の人の手で焼かれた豆腐は、王祇祭のためのもの。
同じものではないけれど、黒川の凍み豆腐を食してみたいなら、以下のお店でどうぞ。
調理済みのものや味付けをしていない凍み豆腐を販売されています
収穫時期 |
王祇祭のための豆腐焼きが行われるのは、1月中旬 |
買えるところ | 食料品 みやざき TEL 0235-57-2246 |
おすすめの食べ方
上野さんならではの秘伝の工夫があるそうです。
豆腐はあつあつを出し、たれは小皿に入れて豆腐にたれをつけながらいただく。
こだわりをもって作られ、出されている二番汁は、王祇祭のごちそうの一つです。
