鶴岡の食文化を紡ぐ人々

No.055 〜山の保存食 山菜〜

大鳥 旅館朝日屋 佐藤ゆきさん

旧朝日村大鳥地区。冬場は雪に覆われる大鳥には、春にとった山菜を、冬の食材の少ない時期に食べられるよう保存する知恵があります。春には山菜料理を食べに多くの方が訪れる旅館朝日屋さんの女将、佐藤ゆきさんにお話をお聞きしました。

旅館朝日屋 佐藤ゆきさん

人口約70人の山里の暮らし

 鶴岡の市街地から月山や朝日連峰に向かって約45分。トンネルを抜けた先に大鳥地区はあり、現在は約20世帯、70人ほどが暮らしています。山々の資源に恵まれた大鳥は、村として始まった800年以上も前から狩猟・採集を生業の中心とし、山菜採り、茸採り、薬草採り、稲作、畑作、ウサギ狩りやクマの巻狩りを行ってきました。明治時代には大鳥鉱山で繁栄し、全盛期の昭和中期ごろには約1300人が暮らす賑わいのある集落でした。現在は高齢化率60%ですが、ここで暮らす人たちからは芯のようなものが感じられます。春の季節は緑が若芽を出し、森全体がイキイキとして、山を仰ぐと深呼吸をしたくなる、冬を越えた嬉しさを実感しているのもあってか、キラキラと明るい雰囲気が感じられます。

ゼンマイ揉みをするゆきさん

 大鳥集落で旅館を営む朝日屋さんは、朝日連峰の登山口である大鳥地区で営んでいる登山者や釣り人に親しまれるお宿です。春には、本場の山菜料理を楽しみに毎年来るお客さんがやってきます。天気のいい五月の中旬頃、朝日屋さんにお話を聞きに行くと、外で女将の佐藤ゆきさんがゴザを敷いてゼンマイを揉んでいるところでした。

 作業をしているゴザの上には、ゼンマイが三種類広げてありました。「これは、昨日採ったやつ。あっちゃなは一昨日、そのむこうのはその前の日に採ったやつだぁ」と教えてくれました。

干して2日目のゼンマイ

 ゼンマイは、シダ科の植物で、新芽の先がひらく前のうずまき状の形が時計などに入っているゼンマイバネに似ているからその名前がついたという説があります。新芽の先には綿がついていて、かつてはそれを糸にして織り、衣類に利用していたこともありました。

 食材としては大変あくが強く、生では到底食べられるものではないのですが、丁寧にアク抜きをすることで食べられるようになります。採ってきたゼンマイはすぐ茹で、天日で乾燥させながら、ゴザの上に広げ、天気のいい日には約1~2時間おきに繊維をやわらかくするようにまわしながら力強く揉んで、3日間ほどかけて乾燥させます。最近では、乾燥機も使いながら仕上げることも多くなっています。はじめは折れないように控えめに揉んで、柔らかくなってきたら徐々に力を入れ、握りこぶしくらいひとまとめをいくつも作っていきます。きちんと乾燥させると、何年でも持たせることができると言います。

干し具合に合わせて力加減を変える

 一通り揉み終わり、室内に移りお話を聞いていると、外から男性の声が聞こえてきました。「風でゼンマイ全部ぶっとんでっぞ~~!」見ると山菜採りから戻ってきた息子の義幸さんです。この日は風が強く先ほどのゼンマイが、ゴザごと少し飛ばされていました。ゆきさんと義幸さんで混ざってしまったものも分類しながら手際よく元に戻していました。

 ご主人の征勝さんは、旧朝日村で村長をしていたこともある方ですが、朝日屋のオーナーをしながら大鳥小屋の管理人もしており、地域には欠かせない存在の方。山菜採りをしているのは、ご主人の征勝さんと義幸さんです。自宅に持ってきた山菜は、家族で下処理やアク抜きをして、主にゆきさんが調理担当です。採ってきたその日のうちに茹でたりごみ取りの下処理をしなくてはいけないので、手際の良さと人手が必要になります。そこで活躍するのがドラム缶で作った大きな茹で釜です。「お父さんが作ったのよ~」とニコニコして教えてくれました。

お手製山菜ゆで窯

息子の義幸さんも作業を熟知している

旅館を営みながら

 ゆきさんは大鳥で生まれ育ち、大鳥で結婚し、大鳥で生活しています。生まれた時からあまりにも当たり前に山菜を目にしていたので、特別なものという意識はほとんどないそうですが、冬は環境が厳しく人に会うことも少なくなりなかなか外にも出られないぶん、春は山菜採りや加工などやることがたくさんあり、お客さんにたくさん会えるから楽しいことが多いといいます。

 そんな当たり前に山菜に触れ合っているゆきさんに、どんな山菜が好きか聞いてみました。「山菜はアイコが好きだな~、あと、ウドは和え物もおつゆもんめよの、ウドと身欠きにしん煮たりして。山菜の王様かもの。魚のどんがら汁さもあうぞ。メバルに最高あう。」と、とっても嬉しそうに話してくれます。

種類ごとに保存方法がある山菜

 ゼンマイ以外にも、様々な山菜を保存します。保存の方法は、山菜によって様々。今はあまりみかけませんが、以前はよく赤こごみや青こごみも干して保存していた、と教えてくれました。アク抜きして水煮や塩漬けで保存が一般的なわらびも、干して保存する方法もあるそうです。乾物にすることで長持ちするだけでなく「味わいが独特になるので食べるとおいしいもんだ。」とゆきさん。乾燥以外にも、塩漬けや水煮の瓶詰などがあります。フキやイタドリは塩漬けにして樽いっぱいに保存するのが一般的です。

 イタドリは、鶴岡では「どんごい・どんごえ」とも呼ばれ、塩と米ぬかを合わせて漬け込むことで、おいしく保存することができます。この「どんごえ」は、いちばん多いときは200束ほどつけておくそうです。お盆頃から食べ始め、春まで食卓に上がります。スタンダードな調理法は、やはり煮物です。
 毎日の食卓に、何かしらの山菜料理があるのだそうです。「ゼンマイは、水から入れて煮立たないようにしながら時間をかけて手でもみながら3回か4回、柔らかくなるまで戻すんだよ。人によってはいろんな野菜を合わせて煮る人もいるけど、うちではゼンマイとうす皮ぐらい。油、酒、醤油、みりんとだしで煮るの。いろいろ入れねでそのままのほが好きだぁ。自然って感じがするもんの。」と、料理の方法を聞くと嬉しそうに話してくれました。

取材中もお客さんがゼンマイを買いに来た

 話を聞いている間に、玄関から呼ぶ声がしました。いつも干しゼンマイを買いに来るというお客さんでした。その方曰く「採る人がみんな年とって、どんどん少なくなってきているんだけど、山のゼンマイはやっぱり畑のゼンマイと全然違っておいしいから、今年も買いに来たんだ。」とのこと。こんな風に、おいしさと価値を知る人が、わざわざでも足を延ばして買いに来ることが少なくないそうです。

旅館朝日屋

 「おいしいって言ってもらうのは嬉しいから、大鳥に食べさ来てもらいたい。春の季節は気持ちがいいし。良さをわかる人に届けたい。」とカラッと明るい雰囲気のゆきさん。季節の楽しみ方が、自然に体に染みついていて、軽やかさにこちらまで気分が明るくなります。

樽いっぱいに漬けられたどんごえ

 山菜は、山で暮らす人たちの、自然の厳しさの中にある喜びや、日々の生活を映した鏡のようで、お話を聞きながら身近にある恵みを、丁寧に大切にしながら人だけではない自然と共に生きるということを考えさせられました。少し大げさな話かもしれませんが、現代社会は欲しい物はお金を払えば手に入るというものが多いですが、ひとたび流通が止まってしまった時に、身動きが取れなくなる可能性があります。そんな時に最先端の非常食じゃなくても保存食、というその土地の昔から受け継いできた知恵があることで、いつもと変わらない食事ができるかもしれません。冬が厳しいからこそ、残ってきた知恵を、地域の宝物の一つとして守っていくのが、地域らしさを伝えるということなのかもしれない、と思いました。
(文・写真 稲田瑛乃)

参考
大鳥てんご HP

ゼンマイ

多年生のシダ植物。5月上旬頃~下旬で採集する。株で生えるゼンマイは、必ず2~3本残して採取する。こうしないと来年も採れるはずのゼンマイが細くなっていたり、生えなくなってしまう。それでも、毎年同じ場所で採れば徐々に細くなってしまうので、その時はその場所を休ませて別の採り場に行く。ちなみに、細くなったゼンマイがまた太くなるまでは3年は掛かるそうだ。
急斜面に生えていることが多いので、採取には危険が伴う。
手間暇かけて採集、乾燥、仕上げをした干しゼンマイは大変貴重で、高値で取引される。

(写真 田口比呂貴)

 
 

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