鶴岡の食文化を紡ぐ人々
No.062 ~嚥下食~
鶴岡食材を使った嚥下食を考えるプロジェクト
みなさんは[嚥下(えんげ)食]という言葉を耳にしたことはありますか?
物を食べることは、「食べ物を認識する」「口に入れる」「噛む」「飲み込む」という4つの動作からなり、この中の「飲み込む」が「嚥下」にあたります。
病気や加齢に伴ってだんだんと食べ物がうまく飲み込めない症状が出てきます。そんな方のための「飲み込みやすい食事」を「嚥下食」といいますが、今回は、この「嚥下食」を単なる病人食ではなく、食事が楽しくなるようなものにしたい!と活動されている有志のプロジェクトのメンバーのみなさんにお話を伺いました。

鶴岡食材を使った嚥下食を考えるプロジェクトメンバー
「3人に1人が高齢者の時代」と向き合う
全国的にも「高齢化」が大きな社会問題ともなっている中、鶴岡市も2020年には65歳以上の高齢者の割合は人口の3人に1人以上となる見込みです。高齢者人口の増加に伴い、嚥下障害を持つ方の人口が増えていくのは避けて通れない問題です。
現在、医療や介護の現場では「嚥下食」は当たり前のように取り入れられていますが、例えば嚥下障害をお持ちの方が「外食するとき」などは対応できる飲食店はほとんどないのが現状です。
瀬尾利加子さんが代表をつとめる「鶴岡食材を使った嚥下食を考えるプロジェクト」のみなさんは、「鶴岡で食事をするすべての人たちが、おいしい食事ができ楽しく暮らせること」を目指し、鶴岡の豊かな食材を使った嚥下食を飲食店と一緒に開発することを目標に、医療福祉施設や飲食店などと多業種が連携を図りながら活動しています。

代表の瀬尾さん

料理人の五十嵐さん(左)と管理栄養士の小川さん(右)
そんな中、瀬尾さんと小川さんはある飲食店でシェフをしていた五十嵐督敬さんと出会います。「嚥下食」の話を初めて聞いた時のお気持ちを五十嵐さんに伺うと、
「医療は自分にとっては別世界。だけど当時働いていた店の店長の知り合いでもあった瀬尾さんからの話だったので、意外と壁もなくすんなり気軽な気持ちでやってみようかな~と思うことができました。」とハードルは高く感じなかったといいます。
嚥下スイーツから広がっていった活動
協力してくれる料理人も見つかり、活動は一気に動き出します。
普段医療現場で「嚥下食」を作っている栄養士数名が集まり、五十嵐さんを含めてまずはデザートの試作が始まりました。
最初に開いた嚥下食デザートの試食会には医療関係者が30人も集まり、大反響でした。参加した医療関係者からは「レストランで嚥下食対応のデザートが食べられるなんて!!」と感動の声もありました。それほど、嚥下障害と外食は縁遠いイメージが医療現場にはあるのだそうです。幸いメディアにも取り上げられたのもあり、企業や飲食店関係者などからも問合せがあり、注目度の高さを感じることが出来たといいます。

試作した嚥下食対応のスイーツ

管理栄養士も交え試作を重ねた
このスイーツ開発の後、市の助成制度なども活用しながら、地元の食材を使った料理のメニュー開発・試作を繰り返していきました。また、冬には寒鱈まつりに出店し、嚥下食バージョンの寒鱈汁をふるまい、嚥下食への理解を深めるために活動のPRもしました。
五十嵐さんは料理人同士のつながりもうまく使いながら、市内で活躍する和食の料理人にも呼びかけ協力者を募りました。
日頃から嚥下食の対応をしていた老舗温泉旅館の料理長などからも講師としてご協力をいただき、医療関係者向けに研修会などを開催したりしながらプロジェクトの活動を広げていきました。
「五十嵐くんはこの会にとって重要なの。彼が入って初めてこの会のスタートが出来た。若い人が手を挙げてくれたってこと活動の弾みにもなった」と瀬尾さん・小川さんは口を揃えて言います。

地元食材(寒鱈・岩ノリ・つや姫など)を使った嚥下食を開発(←写真・キャプションともに変更しました)
食べる喜びを持ち続けてもらいたい
「口から食べることとか、少しおしゃれして外に出かけることって健康を維持する上で本当に大事。でも『うまく飲み込めない』っていう理由で外食したり出掛けたりするのが億劫になってしまう人は結構多い。だから嚥下食対応のお店が増えていくといい」と小川さんは言います。
このプロジェクトでは、医療福祉施設や飲食店など嚥下食に関するアンケートを取り、課題の洗い出しもしています。それによると、「高齢者ならみんな生まれ育った土地の食材や郷土料理を食べたいと思う」「調理実習や試食会を開いてほしい」など活動に賛同し期待する声も多くありました。一方で、高齢者への食事提供で困ったことがある飲食店も多く、「事前の情報不足のためお客様の希望が分からない」「何を使用しどこまでとろみをつければよいかわからない」など、お客様の希望にできる限り対応したいけれど課題も感じている、ということが分かっています。嚥下食障害への理解を深め、そういった課題を解決していくことが、取組の広がりにもつながっていきます。

勉強会なども開催しながら嚥下食について理解を深めている
新しい視点から「食のまち」を見る
観光面で見ると海外からの旅行者の受入れに力を入れ、食の面でも宗教や嗜好に合わせてベジタリアンやビーガンへの対応を進める動きも活発化しています。それと同じように、「飲み込めない」を理由に食で観光をあきらめているようなシニア世代のニーズは拡大し、対応する動きは今後全国でも活発になってくるかもしれません。
「嚥下食というと病院の中だけというイメージかもしれないけど、高齢化社会にあるそのニーズにしっかりと向き合い、応えられるまちになることは差別化にもつながる」と瀬尾さんはいいます。
「こんなに美味しいものが揃っていて、ユネスコ食文化創造都市としても選ばれている鶴岡だからこそ、こういった先進的なことにまち一体となって取り組む意味もあると思う。大きな動きになっていけばいい。それにはまずたくさんの方に興味をもってもらうことだよね」と小川さん。
「鶴岡は和食の料理人のつながりが強いけど、逆に酒田なんかは洋食でのつながりが強い。庄内全体に取組が広がって嚥下食対応が当たり前の時代がくるといい」と五十嵐さん。
活動はこれからが大事。取組が実るまでは10年・20年はかかるといいます。これから冬に向けて旅館で嚥下食御膳が出せるようなメニュー開発も行っていくと意気込むみなさんでした。
ここ鶴岡は旬の食材や郷土料理で季節を楽しむ文化があります。嚥下障害を抱えた人たちが外食先でもいつでも地元の旬の食材を楽しめるようになることを目指して活動するメンバーのみなさん。今回のプロジェクトのみなさんのように、この地域では、様々な立場の人たちがこの土地の食の魅力を活用し、連携して技術や知恵を出しあいながら新しいまちづくりに貢献されています。「食」をテーマに、住む人がいきいきとできるのはこのまちの魅力の一つなのかもしれません。