鶴岡の食文化を紡ぐ人々

No.072 朝ごはん食堂

    朝めし膳 小野寺美佐子さん

 鶴岡市鳥居町の内川沿いの住宅街を歩くと「いこいの宿 農」と「朝めし膳」の看板が目に入ります。202212月に一人暮らしのお年寄りや学生らに温かい朝ごはんを食べてもらいたいと「朝めし膳」をはじめた小野寺美佐子さんにお話しを伺いました。


朝ごはんを地域で提供する小野寺さん

 店内に入るとカウンターには、家庭の朝ご飯にでてくるようなおかずの皿が並んでいます。メインにお魚かお肉か選び、あとは気に入った小鉢をお盆にのせていきます。会計を済ませ席についていると常連さんと思われる人が調理場にいる美佐子さんと会話しています。

カウンターに並ぶおかず


食べたいものを選んで


 まもなく焼きたてのお魚とお肉の料理がきました。ご飯がなにより美味しく思わずおかわりします。それもそのはず、お米は小野寺さんのお家で取れた有機栽培米とのこと。


メインの注文を受けてから調理する美佐子さん

はじまりは有機栽培の野菜の宅配から

 美佐子さんは代々続く農家に育ちました。まさか四番目の自分が家を継ぐことになるとは思っていなかったといいます。結婚後、夫の喜作さんが実家の農業に携わり、1986(昭和61)年に美佐子さんは会員制の有機野菜宅配事業を始めました。喜作さんが農業経営に取り組む中、美佐子さんは野菜の料理の仕方がわからないという会員さん向けに、「菜なの会」を発足し、2001(平成13)年に料理のレシピカードを作りました。野菜をつかったレシピカードに加え、だしの種類と取り方や配膳のしきたり、ふるさとの味や漬物などが掲載されたカードは116枚にもなりました。このレシピカードには間違いも多くあり、様々なことをいわれたと美佐子さんは当時を振り返ります。それでも増刷を重ね、2~3千部を産直等で販売しました。まだスマートフォンもレシピサイトもない時代に、このレシピカードは料理を作る時に活躍するものとなりました。

 


菜なのKitchen

知っているようで知らない郷土料理の大切さ

 美佐子さんはいいます。「知っているようで知らない郷土料理を継承していくことは大切です。自分は昔ながらの伝統料理を実は理解していないなと思ったことがあるのです」。

この後、美佐子さんも参加していた「いきいき女性ネットワークセミナー」で、地域に根ざした行事食と四季折々の郷土食を見直し、次世代に伝えていこうと2005(平成17)年に「郷土の味散歩~行事食と郷土料理~」を製作しました。ここで残されたレシピはその後、2010(平成22)年に鶴岡市より発刊された「つるおかおうち御膳」初版の制作にも活かされています。

郷土の味散歩

「農家の宿 母家」と「農家レストラン菜ぁ」の開業

 グリーンツーリズム※の推進が提唱された1990年代、勉強会に参加した美佐子さんは、当時築100年を超していた自宅を改装し、2000(平成12)年に「農家の宿 母家」を2004(平成16)年には農家レストラン「菜ぁ」を開業することとなりました。料理には自信があるわけでもなく、ただ、子どもたちを丈夫に育てたくて料理を作ってきた美佐子さんですが、家で採れる安全で新鮮な野菜の美味しさをお客様に知ってもらいたいという思いがあったといいます。

※「緑豊かな農村地域において、その自然、文化、人々との交流を楽しむ滞在型の余暇活動」

 

しかし、開業した「母家」には思ったようにお客さんは来ませんでした。当時市内で農家民宿、農家レストランとして知られていたのは、「知憩軒」や「緑のイスキア」でした。そのとき、美佐子さんは宣伝が重要だとわかったそうです。それから看板をたて、周知したところ、徐々に訪れる人が増えていきました。夫の喜作さんが作るお米や鶴岡名物のだだちゃ豆も提供したところ、温かい雰囲気の日本家屋で食べる、素材をいかした家庭料理を提供する「母家」と「菜ぁ」は確実にファンを増やしていきました。



 

そして2010(平成22)年には農林漁家民宿おかあさん100選にも認定されました。しかし、忙しすぎるようになるとそれが自分の生活に合わないことに気づきます。もともと身体が丈夫ではなかった美佐子さんは体調を崩し、農家民宿「母家」と農家レストラン「菜ぁ」は、息子に託すことにしました。

朝食にこだわり、野菜を中心にバランスの取れた食事の提供

 その後、美佐子さんは自分の身の丈にあう規模の農家民宿的な「農」を市内鳥居町にオープンさせました。ここでは、夕食の提供はせずに、朝食のみの提供をしました。夕食は近くに美味しいお店が沢山あるので、そこで専門の味を食べていただけばいいと。しかし、宿泊のお客様には、こだわり野菜を中心にしたバランスの取れた朝食を提供したいと思いました。

カウンターに並ぶおかず


食べたいものを選んで


美佐子さんは、お客様に自分の作った料理を喜んでもらえることが何より嬉しいといいます。そして、ご自身の経験からも朝ごはんの重要性を考え、それにこだわり野菜を中心にした朝食提供店「朝めし膳」を農家民宿的な「農」の隣にオープンすることにしました。

誰かの生活の中にあるという嬉しさ

 平日は、焼きたての魚が食べたいと若い一人暮らしの方が来たり、日曜は、家族連れで訪れた子どもたちが喜んで大根の煮物を食べたり、また家族の朝ご飯を作り送りだしてからここに来ているという主婦もいました。主婦だからこそ人の作った料理がおいしくて、ここで愚痴こぼしおしゃべりすることが楽しくて「自分が癒される私の隠れ家です」といって来てくれる人もいました。


美佐子さんはいいます。「お年寄りや一人暮らしの人たちに一番需要があると思っていましたが、実際にはお年寄りはあまり来なかったのです。きっと自宅で食べられるお弁当の方がいいのかもしれません。ある日、朝に必ず来る方が来ない日が続いたので、体調を崩して食事がとれていないのではと心配していたら、新型コロナ感染症に罹患し、食事を求めお店のすぐ前まで来ていたのに、中に入れず帰っていったことを他のお客さんが私に教えてくれました。誰かの生活の中にお店があるのはとても嬉しいことです。そして、私自身も助けられています。60代に病気が続いて、このお店のオープンに踏み出そうか迷いましたが、良かったと思っています。一番は自分のためになっていたのです。多少物忘れも始まっているけれど、お客さんと話したり、売上を計算したりすることでボケ防止にもなっているの。刺激になっているのね。そして、出勤前にここに来てくれる人がいるので、お母さんみたいな気分でご飯を提供しています」。

笑顔で対応対応する美佐子さん

 「朝からここにきてくれる人は、ちゃんと食事をしようという意識がある人だと思います。やはり、きちんと野菜と朝ごはんを食べて欲しいと思います。喜んで食べてくれる人がいるから、嬉しいと思ってくれる人がいるから私も作るんです。ここに来る人は皆さん、のせ上手でね、『美味しい~』といってくれるので舞い上がって作っているのですよ」。美佐子さんの笑顔と優しい口調は、訪れる皆さんのお母さんのようでした。これからの時代、こういった場と美佐子さんのような人が必要なのかもしれません。

2023年11月16日取材 


朝めし膳




朝食を提供する食堂「朝めし膳」

 「あたりまえのご版をちゃんと食べてほしい」という思いから、食の安全安心を考えた循環型の農業を目指して五十余年。その小野寺家の自家栽培米を毎朝炊き上げて提供する朝ごはん。

朝めし膳

鶴岡市鳥居町34-17

TEL 090-3647-8104

7:00~10:00

(月・木・金・土・日曜)

(火曜・水曜定休)


 
 

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