鶴岡の食文化を紡ぐ人々

No.069  宝谷カブ生産農家 

  畑山丑之助さん 峻さん

 
 
 宝谷カブは鶴岡市櫛引地域の山間の宝谷地区に伝わる、長さ20cmほどの青首の白い長カブです。腰が曲がりウサギの耳のような葉と短く細いひげ根が生えているのが特徴です。戦後栽培者が次第に減り、地区にただ一人の生産者となった畑山丑之助さんに宝谷カブ栽培の復活の経緯についてお話を伺いました。 

左から孫の千津さん、丑之助さん、ひ孫の峻さん

炭焼きと共に冬の暮らしにあったカブ

 宝谷地区では、かつて「夏の寒い日にはカブをまけ」という言い伝えがありました。宝谷カブは、江戸時代から冬期の人々の食と命を支えてきたカブです。宝谷カブを生で食べられるのは11月から3月下旬。雪深い冬には宝谷地区では、このカブを寒鱈汁に入れてその食感を楽しみながら食べてきました。他にも蕪飯(かぶらめし)や、蛸煮(葉をつけたまま煮る姿が蛸に似ていることからいわれました)、塩漬にしてきました。

畑山丑之助さん(92歳)は宝谷地区で明治から続く農家の3代目で、両親と一緒に稲作と炭焼きをして暮らしてきました。この地区は山間地にあり農地も少なく、冬の降雪が多いため、かつては冬に炭焼きし、炭にする木材を伐採した傾斜地を利用して焼畑を行い、そこで宝谷カブを作ってきました。宝谷カブを収穫した後、4月まで出稼ぎに出る家もあり、丑之助さんもかつては出稼ぎに行っていました。

 

宝谷カブの圃場(2021年)


宝谷カブ


伝統的な焼畑による栽培

 宝谷カブは無農薬栽培で、畑となる傾斜地を毎年変え、葦や(かん)(ぼく)、草等を刈り払い枯れるのを待ってお盆直後に火入れを行う伝統的な「焼畑」で作られてきました。灰が熱いうちに種をまくと約1週間で発芽します。その後2度ほど間引きし、霜が降りる11月頃に収穫します。しかし、近年では杉林伐採地ではなく、田畑の法面で栽培しており、限られた面積の圃場に連作障害を考慮しながら栽培しているために、収量は限られるものでした

焼畑の火入れ(写真:馬場さん提供)

生産者ではなく消費者を増やす取り組み

宝谷カブは、かつて生産部会があった頃もありましたが、2004(平成16)年に、丑之助さんだけが自家用に宝谷カブを作る者として残りました。丑之助さんはただ「宝谷カブの種を残したい」という思いで栽培を続けました。

そんなとき、山形大学農学部の江頭先生とアル・ケッチァーノの奥田シェフが、丑之助さんを訪ねてきました。お二人は在来作物である「宝谷カブ」の生産を存続させたいために丑之助さんの圃場にやって来たのでした。「いくら作っても、食べてくれる人、買ってくれる人がいなければ作り続けるのは難しい。」それが丑之助さんの本音でした。

2006(平成18)年、当時櫛引町役場の蛸井弘さんが世話人となり「宝谷蕪主(かぶぬし)の集い」が発足し、「収穫や試食体験をし、収穫した蕪の一部をいただいて帰る」という仕組みができました。さらに2011(平成23)年12月にFacebook内に「宝谷かぶで、びーと・いっと」というファンページを作り、北は北海道から、南は京都まで宝谷に人が集まりました。

ひげ根の多い「宝谷カブ}


「宝谷カブ」のピザ


伝統的な食べ方からの脱却

宝谷カブについては、これまでも何度か漬物を中心とした商品化が行われてきましたがうまくいきませんでした。理由に宝谷カブの性質でもあるひげ根が多く、形揃いが悪く、収量も安定しないということがあげられます。また大量生産が困難であるだけではなく、食べ方も漬物や汁物の具材といった伝統的な用途に限られてきたこともありました。

「幻のかぶ宝谷かぶのカブらないレシピ」

そんな中、「宝谷カブのレシピ」画期的なレシピ集が作成されました。食材としての魅力が今までの伝統的な食べ方に限ることなく宝谷カブの特徴を生かして美味しく食べる工夫がいくつも紹介されました。食べ方のバリエーションがひろがったおかげで食材としての用途が広がったのです。

丑之助さんとひ孫の峻さん


90歳を超えた丑之助さん


次の世代へと繋ぐバトン

丑之助さんが90歳を超えた頃、体力的にも宝谷カブを栽培するのが容易でないという理由で、これまでの宝谷カブ栽培を支援する取り組みも終わろうとしたとき、丑之助さんのひ孫の畑山峻さん(23歳)が後継者になりたいと手を挙げました。峻さんは、幼い頃から丑之助さんの姿を見てきたため、「いずれ将来自分も農業を継ぐのだろうな」と思っていたそうです。現在は、丑之助さんと一緒に稲作と育苗用のハウスを利用してスプレーストックの花卉栽培、赤カブ、宝谷カブ、転作で蕎麦(でわ宝)を作っています。「花卉栽培とカブの時期が重なり、作業分散の大変さがあるのが現在の課題です。」と峻さんはいいます。

2022年収穫の様子

根強い宝谷カブファンとの繋がり

 1123日、収穫の日に宝谷カブを支援する仲間が集まりました。今年は連作障害も考慮し、圃場を全く新しい場所にしました。収穫を手伝ってくれる人が一斉にならび斜面を上がっていきます。江頭先生や蛸井さんに宝谷カブの特徴をききながら大きさごとに選別し、その後、近くの「ふるさと村宝谷」に移動し、地元産そば「でわ宝」の手打ち蕎麦と宝谷カブの天ぷら、そして奥田シェフ監修レシピの宝谷カブのピザを皆でいただきました。

収穫後の交流会


宝谷そばと宝谷カブの天ぷら


 12月、奥田シェフが第1回の「藤沢カブ」に引き続き、第2回「宝谷カブ」をテーマに調理実習と講話を開催しました。「あらためて自分が作った宝谷カブがこんなに素敵な料理になることに感動しました。生産者、料理人、食べる人、応援してくれる人が繋がって初めて種を紡いでいけるのかもしれません。生産者だけでは決してそれはできないのです。そういった意味でも種が貴重な在来作物の生産者さん同士の横の繋がりは大事かもしれません。最近、「ちいさなちいさな在来かぶサミット」で藤沢カブ生産者の伊藤恒幸さんとも繋がることができました。同じ在来作物生産者さん同士横のつながりも大切にしていきたいと思います。」と参加した孫の千津さんが話してくれました。    

  

奥田シェフによる「宝谷カブ」の調理実演と講話


鶏と宝谷かぶのコリアンダーサラダ


ここでしか食べられないことに付加価値をつけたい

丑之助さんはいいます。「高度経済成長の時代には農業からどんどん人が離れていき、農村の人口減少が加速していったども、これからの世の中、自給自足で暮らせることが幸せの基準となり、もう一度農業と向き合う人が増えていくかもしれない。人は、食べることが幸せだからやの。」

「生産量の限られる宝谷カブのような在来作物は、どうしても流通にのせることが難しいども、ここ宝谷にあることを知ってもらいたいし、ここ宝谷でしか食べられないということに付加価値を付けていきたい。だからこそこれからもイベントでここ宝谷に足を運んでもらい、交流していきたい。それが私たち生産者の喜びにもつながるから。」丑之助さんの穏やかな口調の中に、「宝谷カブ」への強い想いがありました。

「ちいさなちいさな在来カブサミット」に出店する千津さんと峻さん


宝谷カブファンとの収穫


 2023(令和5)年1月10日取材

宝谷カブ

宝谷カブは、幅が3~4cm 長さ20cmくらいの青首の白い長カブで腰が曲がった形をしています。肉質は固く、鶴岡市宝谷地区でお盆の頃に焼畑を播種を行い、霜が降りて以降の11月下旬頃に収穫します。自家採種により一般には流通していません。

 
 

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