鶴岡の食文化

鶴岡市の面積は1,300平方キロと東北地方でもっとも広く、市域には2,000m級の高山からゼロメートルまでの高低差があり、
幅広い温度帯をつくり出しています。さらに四季の変化がはっきりとした気候により、驚くほど多種多様な農産物や山菜などに恵まれています。市の西側は日本海に面しており、対馬暖流の影響で、季節ごとに様々な旬の地魚が200種類も水揚げされます。そして、市の北部は広大な庄内平野が広がっており、日本有数の穀倉地帯となっています。
鶴岡市の豊かな食文化は突如実現したものではなく、先人たちが自然と生命の営みに真摯に向き合い、弛まぬ努力と研鑽により培われてきました。

秋になると黄金のじゅうたんが広がる庄内平野。写真奥の鳥居は羽黒山への入口。さらに奥には月山が見える。


出羽三山の精進料理は、開山1400年の羽黒山伏の修験道文化を背景として発展してきた歴史があり、羽黒山の宿坊では伝統的な料理が現在も提供されています。この精進料理の調理方法や食材の保存技術は、料理分野全体の水準向上に貢献してきました。

羽黒山伏の修験道文化

鶴岡市は城下町の歴史があり、藩政期には、荘内藩九代目藩主酒井忠徳が藩校「致道館」を創建し、教育に力を入れたことにより向学の気風が培われました。この気風は、学問や芸術、産業活動を活発にし、稲の品種改良など人々のより良いくらしの実現に情熱を傾けた多くの先人を輩出してきました。
庄内・鶴岡は民間育種においてきわめて重要な土地であり、生産者が自らより美味しい農産物を次世代のために開発していこうと品種改良を積み重ね、全国有数の穀倉地帯を築いた歴史を持っています。
こうした民間育種家の伝統は公的研究機関に引き継がれ、日本でもっとも美味しい「つや姫」を生み出す礎となりました。
そして鶴岡には、だだちゃ豆など「生きた文化財」といわれる在来作物が50種類以上も継承されています。「旬を見極める」鶴岡の市民性は、早生から晩生まで20種類以上の在来の枝豆の系統を産み出しました。温海かぶなどの生産では、自然と一体に進める伝統的な焼畑農法を守り伝えています。文化を大切にする市民性により、在来作物をテーマとする映画も制作され、2011年に公開されました。
家庭には、四季折々に数百種の郷土料理が受け継がれています。鶴岡市で生まれた学校給食では地元の食材を用いた料理が提供され、子どもたちの食の教育が進められています。さらに、伝統的な調理法を守る料理人とクリエイティブな料理人の双方の取り組みにより、郷土料理は発展し国内外で高い評価を受けています。
鶴岡の向学の気風は今に受け継がれ、市内に4つの高等教育機関を持つ学術文化都市を形成しています。この研究成果は、在来作物など伝統的な食材や地酒・農産加工品に付加価値をもたらしています。
市では、産・学・官・民の連携のもとに設立された「鶴岡食文化創造都市推進協議会」が主体となって、地域の伝統的な食文化の保存と継承、さらにこの地域独自の食材を活かした新しい食文化や食関連産業の創出に積極的に取り組んでいます。

荘内藩の土風と刷新を優れた人材の育成を目的に、文化2年(1805)に創設された藩校「致道館」

絶滅寸前だった宝谷かぶは「宝谷蕪主会(ほうやかぶぬしかい)」によって息を吹き返した。

庄内の食材の美味しさを国内外で広くPRしている「アル・ケッチァーノ」の奥田政行シェフ


鶴岡市の西側には、味の緻密な魚介類が豊富に獲れる庄内浜が広がる

国の重要無形民族文化財に指定され、500年もの間、連綿と守り伝えられてきた黒川能の王祇祭での振る舞い

良質の米と水によって、高い品質を誇る数々の銘酒が造り継がれている


寒鱈をぶつ切りにして味噌で豪快に煮込んだ
あつあつの寒鱈汁(かんだらじる)をめぐって、
行列ができる寒鱈祭

さくらんぼ、りんご、ぶどう、和梨など、栽培されている果物の種類の多さは県内一を誇る櫛引地区


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